家を出て来る、丁度10日前のことです。
その日は土曜日で、夫は会社が休みでした。
その何日か前から、夫は身体の具合が悪くて会社を休んでいたので
あまり大っぴらに遊び歩いたりは出来なかったのですが
(本当に具合がすごく悪かったし)
土曜日なら会社も本当に休みだし、体調も少し良かったみたいなので
朝の内は、夫はとても上機嫌でした。
二人とも眼は醒めていたのですが、お布団の中でゴロゴロしながら
休日の朝の特有ののんびりした雰囲気を楽しんでいました。
次の日は、法事があって夫の実家に行かなければならなかったので
のんびり休めるのはその日しかありませんでした。

「どこかに遊びに行こうか?」と夫が誘ってくれました。
「寝てなくて大丈夫ですか? 具合はもういいの?」と私が訊くと
「もう大丈夫」と夫は答えました。
行き先について、いくつかの候補が出たあと
「武蔵野線に乗ってぐる〜っと一周ってのはどう?」と
夫が提案してくれました。
私は、あの長い武蔵野線に、一度でいいから始発から終点まで
乗ってみたいなぁ、と思っていたのです。

「でも……」と私は考えました。
私の夫は、公衆マナーなどにすごくうるさくて
私だってそんなに非常識なことをしているつもりはないのに
「吊り革の掴まり方がみっともない」とか
「網棚にリュックを載せる時の向きが悪い」とか
「大声で喋るな」(そんなに大声でもないと思うのですが)とか
「手摺に寄り掛かるな」とか
「物を食べるな」とか(物を食べるのは良くないかも知れないけど)
細かいことを言うのです。
言うだけならいいいのですが、それで機嫌が悪くなって
ずっと私のことを睨み付けているので
一緒に電車に乗ることが怖くなってしまっていた頃でした。
夫が誘ってくれるのは嬉しいのですが、武蔵野線の始発から終点まで
2時間近くも黙って畏まって乗っているのは疲れます。
喋ったり、寄り掛かったりしてしまうと思うのです。
だから思わず「2時間も『喋っちゃダメ』『食べちゃダメ』で
じ〜っと座ってるのは疲れちゃうからヤだよぉ」と
言ってしまったのです。
「それに、武蔵野線なら明日、法事に行く時に乗るじゃない?」と
私が言うと、夫は「法事にはもう行かない」と言い出しました。
実は、この2ヶ月程前に、やはり法事があって
夫は、1年も前から「この日は空けておいて」と
私の両親に言われていたにも拘らず
前日になって「やっぱり行けません」と断ってしまったのです。
私は「どうしていつもそうやって前日になってから取り止めるの?」と
夫をなじってしまいました。
正確に言うと、その頃は吃っていて言葉が出て来ないと
喉を叩いてしまう癖が付いてしまっていたので
声が出なくなってしまい、紙にそう書いたのです。
すると、夫が怒り出しました。
「しまった!」と思った時は、もう手後れでした。
夫の怒りに火が付いてしまって、止められませんでした。
夫は、いつも仕事で忙しくて、妻(私)に淋しい思いをさせている、と
気に病んでいたのです。
だから、折角の休みの日は家族サービスをしてくれようとして
「武蔵野線に乗りに行こうか?」と誘ってくれたのです。
でも、私が心無い断わり方をしてしまったがために
夫は怒ってしまいました。
「お前はいつもそうやって俺を怒らせるよなぁ」
「今まで我慢してやってたけど、もう我慢出来ねぇよなぁ」と
私の顔をじっと見詰めたまま近寄って来て私の襟首を掴むまでの
ほんの数秒間が、無気味に長く感じられました。
自分でも、気が狂うんじゃないかと思う程の恐怖感が湧き上がって来て
気が付いたら喉が破れるような悲鳴が出ていました。
最初の一発目は、頭を殴られたのだったでしょうか。
それからは、もう堰を切ったように攻撃が始まりました。
蹴る、蹴る、蹴る……。 殴る、殴る、殴る……。
頭を庇えばお腹を蹴られ、お腹を押さえてうずくまれば腰を蹴られ
容赦なく攻撃が飛んで来ました。
「死んじゃうよ」「死んじゃうよ」と泣叫ぶ私に浴びせられた言葉は
「死ねよ」「死ねよ」「死んじまえよ」
「お前のことが憎くて憎くてたまらない」というものでした。
そんなに憎まれているのなら、死んじゃってもいいかなぁ、と
私はすっかり弱気になりました。
でも、そこまで言われても、夫のことが好きだと思う気持ちは
どうしても消せないのです。
怖くて怖くて気が狂いそうなのに、それでもやっぱり好きなのです。
それに「憎い」「死ね」という言葉を私に浴びせる夫の表情の裏に
「こんなことを言っても、こんなに殴っても
お前は俺のことを嫌いになったりしないよな? な?」という
夫の叫びが透けて見えるような気がしていたのです。
殴り終わった夫が外に出て行ってしまうのをぼんやり感じながら
私は意識がなくなってしまいました。
それが、この日の朝10時くらいの出来事でした。

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